光の3原色と裁判の話。
2017年2月25日
光の3原色をご存知でしょうか。赤,青,緑が3原色と言われていますが,この色を混ぜると,すべての色が再現できるそうです。
なぜ,3原色かわかりますか?答えは簡単で,人間の眼には,この3色を知覚する能力しか無いからです。
つまり,世の中にその色しか存在しないのではなく,人間にはその3色しか見えていないということです。
つまり,人間がいう世の中というのは,客観的に存在するものを指すのではなく,人間の能力において認識,理解が可能なもののことであり,その意味で,極めて主観的なものです。
人間の能力といいましたが,同じ人間でもその能力は人によって差があります。
つまり,人それぞれ,その人の能力,知識,経験において認識,理解可能なものを,世の中だと思っているということであり,人によって世の中は違うのです。
法律の世界には,「社会通念」という言葉があり,社会一般に通用している常識というような意味なのですが,判決などでも,「~と判断するのが,社会通念上相当である。」などと,判断の理由付けとして使用されることがあります。
しかし,先ほどから述べている通り,世の中自体が,人によって異なるものである以上,「社会通念」も人によって全然違います。
社会通念を理由とする判断を否定するものではありませんが,社会通念は万人に共通のものとして客観的に存在するものではなく,あくまでも,主観的なものであり,人によって異なることには注意する必要があります。
だから,仮に全く同じ内容の紛争があったとしても,その当事者が誰か(どのような能力,知識,経験を持った人か)によって,社会通念は異なり,判断も変わりうるのです。
たまに,その点が意識されず,裁判官の社会通念で判断してるよな。本件の当事者がそんなこと考えてるわけないじゃないか。というような事案に遭遇します。
とはいえ,裁判官は,我々弁護士と違って,当事者と直接接する機会は限られています。裁判官が,当事者の個性に配慮せずに社会通念を適用する原因は,弁護士が当事者の能力,知識,経験について十分に説明できていないからかもしれません。それか,その裁判官には理解できないのか。
いろんなケースがあるとは思いますが,裁判官も,その人の能力,知識,経験において認識,理解可能な範囲でしか物事を把握できていません。その範囲が広い人も,狭い人も,右に偏っている人も,左に偏っている人も,いろいろいます。
裁判官は,どんな判決だろうが,自分が正しいと思う判決を書いていれば仕事ができますが,弁護士は,訴訟で勝たなければいけません。
つまり,A裁判官にもB裁判官にも理解できる主張を展開する必要があり,そのためには,A裁判官の能力,知識,経験も,B裁判官の能力,知識,経験をも,包摂した高い見識が必要になるわけです。
そういう意味で,弁護士の仕事というのはとても難しいのです。
法律の知識はもちろんですが,広い視野や,経験,他者を理解しようとする思いやりが必要だと思います。
私などは,まだまだ経験不足で未熟ですが,様々な経験を通じて視野を広げ,見識を高められるよう努力したいと思います。